プリウスリコール届け出

プリウスリコール届け出。
トヨタが今日から改修開始。
4車種43万7千台という大きな数字。

プリウスはハイブリッド車。
販売数1位だった。

ブレーキの制御プログラムに不具合があった、というのが届け出理由。
販売開始以来、ユーザーからの声が続いていたようだ。

プリウスに乗っている方は、先日から報道されていたので、気になっていたと思います。 
今日から無料回収修理スタートです。

グッド・ウィル・ハンティング 旅立ち

何気なしに、昨夜NHKBSテレビをつけたら、「グッド・ウィル・ハンティング 旅立ち」を放映していた。
1997年アメリカの作品。

私も金沢大学で非常勤講師を続け、毎年170〜180名の学生に講義で接していたので分かる部分が多かった。

トラウマを背負った青年と精神分析医の心の交流がうまく描かれていた。
生徒指導やセラピストの人達にはもちろん、教師の皆さんにもぜひ見てほしい作品である。

子どもを指導するのではなく、子どもと相対する大人がお互いに心を分かり合ってこそはじめて生徒指導が成り立つ。

子どもが問題で悩んでいたら、教師は一方的に高い目線から指導するのではなく、子どもと大人がお互いに自分をさらけ出していくことだ。
教師の弱さや悩みや思いや人柄が分かってはじめて、子どもは心をひらいていく。

今の学校現場の生徒指導のあり方はどうなのだろうか。

最後の場面で、エリートコースを歩めなかった老精神科医が、青年に「君には責任がない」「君は悪くない」「君は悪くない」「君は悪くない」「君は悪くない」・・・・の言葉を繰り返した。

この言葉が彼の心を開いた。
彼を見事に立ち直らせた。

思わず引き込まれていった。
そして涙がこぼれてきた。




愛車ランクル100,000キロ走破

愛車ランクル100,000キロ走破。
今日役所へ向かっている最中に、丁度100,000キロを越えた。

初めてランクルに乗ったのは、夕日寺小学校勤務の時代。
以来、10年あまり走った。

本当に故障がなく、調子のいい車だ。
仙台や松江や山口まで自分で運転して走った。
座席の位置が高いので、見通しがいい。
特に高速道路では走りやすい。

自然な運転をすれば、リッター10キロは走る。
3,000ccにしたら非常によく走る。
雪道には滅法強い。
ただ軽油を使用しているので、最近は肩身が狭い。

それまでのランクル以外の車は5〜6年で買い換えてきたが、ランクルは車体が強靱で傷みがほとんど目立たない。
当初の値段が高くても、乗る年数がはるかに長い。

私は今の新しい車体の車にはあまり興味がない。
最初の古いランクルの形が大好きである。
これからも乗り続けたい。


 

菅野八郎先生逝く

菅野八郎先生逝く。
享年89歳。

ずっと教育の世界の人だった。
高校で直接授業を受けたことはなかったが、先生は社会が御専門だった。
メガネをかけられ、物静かな先生だった。

教育委員会に入られ、その後石川県立医王養護学校の初代校長として赴任された。
いつも子ども達向けに県内の郷土史関係の本を書いて、出版されていた。 

金沢市内のほとんどの小学校の図書室に並んでいた。
やさしく読みやすい内容の本だった。

美術にも深い造詣をおもちだった。

長い間お疲れ様でした。
心からお悔やみ申し上げます。
安らかにお眠りください。
合 掌。

裁判員裁判

昨日、石川県内では初めての裁判員裁判があった。

大手町の裁判所前を通りかかったら、人や報道陣がイッパイ。
う〜ん?なんやろう?

ああそうか!
今日が初めての裁判員裁判なんや、と思いながら通り過ぎた。

呼び出しを受けた候補者50人の内、45人が出頭したそうだ。
その中から裁判員6人と補充裁判員3人が選ばれた。
傍聴希望者も、普段の裁判よりもものすごく多かったようだ。

これから連日裁判は開廷し、10日にはもう判決が言い渡されるそうだ。
新しい制度がいよいよ県内でも始まった。

世の中、どんどん変わっていきますね。
皆さんは、この新しい制度をどのようにお考えですか?






 

交流都市訪問(8)・・・板橋「東京大仏」他

昼食後、「東京大仏」へ。 
乗連寺という浄土宗の大きな寺院。

階段を上ると、おだやかな表情の大仏様が鎮座。
高さ13mの青銅製の大仏で、完成時では奈良・鎌倉の大仏に続き、わが国第3位。
日本3大仏と呼んでいたようだ。

裏手に回ると、移転前の境内にあった地蔵や石仏などが置かれていた。
いろいろな言い伝えが残されているようだ。

その後、すぐ近くにある区立美術館や郷土資料館を見せていただいた。
庭先に「龍吐水」が置いてあり、驚いた。
私が子どもの頃、医王山山中の集落ではまだこの「龍吐水」を使っていた。
手押し式の消防ポンプで、私の住んでいた村では「ワッショイポンプ」と呼んでいた。
実際に、火事現場で使っていたのを見た記憶がある。
給水口はやはり竹カゴだった。

板橋区には観光資源が多い。
金沢からだけではなく、今後他府県からの観光客が増えるように積極的に取り組んでいるようだ。
時間をかけてご案内いただき、ありがとうございました。

帰りは都営三田線高島平駅から羽田へ向かった。
お疲れ様でした。

さんりんぼう

今朝は何回も新聞受けを見に行くが、新聞はなし。
新聞休刊日だった・・・。

信頼している友人からいつも来るメールがストップ。 
原因不明。

連れ合いが口をきかない。
原因不明。

サクラが知らんぷり。
原因不明。

郵便局の電子メール使用の際、ビズカードとID記号が必要と言われたが、見あたらない。

知り合いの人に挨拶をしたが、無視された模様。
原因不明。

家を出て玉川図書館へ。
休館日・・・。

鎖がかかり駐車場へ入れないので、停車場所を探し回り、やっと車を停めて、走ってブックポストへ返却図書を入れる。
戻って、役所へ提出する書類を出していたら、パラリと落ちて水たまりへ落下・・・・。

急いで役所に着き、約束の時間に人を待つ。
来なかった・・・。
連絡もなし。

雨が降ってきた。

もしかしたら今日は三隣亡?


交流都市訪問(7)・・・板橋

板橋区では、トップは市長ではなく区長。
区といっても人口は53万6千人を越えているから、金沢よりもはるかに多い。 

区長は若々しくお元気。
観光協会会長がご挨拶。
くらしと観光課の担当者から、板橋の観光の取り組みと金沢市との交流について説明があった。
花火大会やフルマラソン大会など盛り沢山。

現地視察へ。
ボローニャ子ども絵本館へ。
児童数減少で閉校になった小学校校舎を活用している。
30カ国以上の国の絵本があり、スタッフもやる気十分。
ただ公文書館と同居しているので、ちょっと窮屈な感じ。

加賀公園へ。
加賀前田家の下屋敷跡。
大名行列の際には、ここで一行が着替えたり休憩したりし、お出迎えやお見送りがあったという。
なるほど。

21万7千坪の内、僅かに小山の部分だけ残り、木立の多い公園になっている。
由緒を書いた案内板や金沢市との密接な交流を示す記念碑がちゃんと整備されている。
ここの住所は板橋区加賀1丁目!

東光寺に続いて観明寺へ。
藩政時代に作られた石製の灯籠やお地蔵様などが残されている。
節分の豆まき準備をしていた。

中山道の跡がそのままの道幅で道路として使われている。
観光ボランティアの方がとても上手に説明してくださった。


月曜日

今日は月曜日ですね。
職場や学校へ向かいましょう。
経営者の方も大変ですが、乗り越えていってくださいね。

学校で無邪気そうな明るい子を見ているといいなあ、と思ったり、職場でジョークを連発している明るい同僚を見ると、うらやましいなあ、などと思うものです。

でも本当はつらい事が多くても、明るく過ごしていることが多いんです。
私も中学校や高校時代の朝、登校するのがいやで、サボロウカナと思ったことがよくありました。
でも着替えて学校へ向かっていると、友達に合ったり、先生に合ったりして、挨拶を交わしている内にだんだん元気が出てきて、教室へ入るとみんなと同じように自然に行動していけたことをよく覚えていますよ。

みんなそうなんだと思いますよ。
学校がいやだあ、先生がいやだな、あの子がいやだな、、、、、。
職場にいやな先輩がいる、仕事がよく分からない、仕事がうまくいかない、しかられた、成績が悪い、、、、。
そんな事は誰にでもあることですよ。

そんな経験をして、みんな大人になり、お年寄りになっていくのです。
男も女もおんなじです。

がんばって学校へ向かいましょう。
職場へ向かいましょう。
外へ出てみましょう。

今日は月曜日です。
 

交流都市訪問(6)・・・板橋区

3日目は東京板橋区へ。
板橋区と金沢市は20年9月にフレンドシップ協定を結んで、活発な相互の交流を展開している。

元々は加賀百万石前田家の下屋敷が板橋区内にあった。
早速、「くらしと観光課」の案内で加賀藩下屋敷跡へ。

今は加賀公園になっている。
住所も板橋区加賀1丁目8番地となっている。

こんもりした小山の木立が残っている公園で、記念碑や説明板がきれいに整備されている。
当時の敷地は21万7千坪!
想像もできない程の広さである。
地元観光ボランティアの詳しい説明を受ける。

下屋敷内に山があり、舟を浮かべる広い池があり、畑まであった。
野生の鹿が走り、鷹狩りもできたそうである。
管理する武士の他に、50人あまりの使用人がいた。
周辺の人達との婚姻関係もあり、深い結びつきがあったようである。

板橋区には加賀小学校や金沢小学校が今でもある。
加賀百万石前田家というのは、今私達が考えている以上にものすごく巨大な存在だったことが分かった。

板橋区と金沢との結びつきは非常に深い。
他の市とは違う格段の歓迎を受けた。
 


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